
未解決事件「P-40戦闘機のパイロット」について綴っていきます!
夢うつつ
真珠湾攻撃からちょうど一年が過ぎた、1942年12月8日、アメリカ軍がレーダーで航空機を感知した。
航空機は日本の方角から向かってきた。
(日本からの攻撃か?!) アメリカ軍は2機の戦闘機を派遣してこの航空機を調査した。
すると、報告が届いた。
「航空機はP-40です。側面に幾つもの弾痕があり、着陸は不可能だと思われます」
_____不可解な報告であった。
P-40とは
P-40はアメリカのカーチス・ライトが開発した戦闘機。性能は平凡であったが、大量に生産され、第二次世界大戦において連合国が用いた。
つまり、日本軍がP-40に乗っているとは考えられなかった。
消えたパイロット
その後の報告によると、乗っていたパイロットは血まみれだった。
そして、調査に出ていた2機の戦闘機を見つけると、手を振って墜落した。
パイロットの正体
パイロットが墜落した付近を調べたが機体は発見できず、パイロットの遺体も見つからなかった。
- このパイロットは誰だったのか?
忽然と姿を現した謎のパイロット。これは誰だったのか?
日本の方角から来ていることを考えると、日本人の可能性もあるが、可能性は低い。
と、すると、やはり連合国の人間であろう。
これは個人的な考察に過ぎないが、このパイロットは太平洋戦争でP-40を破損したアメリカの兵士が、母国に帰ろうとしていたのではないかと思う。(あるいは既に死んでいて幽霊の可能性もある)
そして、味方の戦闘機を見つけたので、安心して天国に旅立ったのでは…🤔
色々と考えさせられる事件です。
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