【未解決事件?】ラトクリフ街道殺人事件

切り裂きジャックと並んで19世期の非道と残虐を象徴する、事件「ラトクリフ街道殺人事件」について綴っていきます。

事件の概要

1811年12月7日の夜、ラトクリフ街道の洋品店で一家七人が惨殺された。

被害者

店主夫婦、息子である三ヶ月の赤ん坊、店員の少年四人。

店主の妻は頭部を叩き潰され、店主の少年は頭部を滅多打ちにされた上に飛び散った脳が散乱しており、赤ん坊は顔面が叩き潰され、首が胴から切断しそうなほど切り裂かれていたという凄惨な有様であった。

  • 犯行時刻

第一発見者である女中が買い物に行っていた20分間の間に犯行が行われた。

現場には凶器と見られる大きな鑿やハンマーが発見された。

第二の事件

同月の19日の夜に洋品店の近所の酒場で店主夫婦と使用人の少女が惨殺される事件が起きた。

手口は前回と同様であった。中でも少女は頭蓋骨を叩き砕かれ、首から胴が切り裂かれていた。

犯人?

事件現場であった洋品店の店主と繋がりがあり、二軒目の酒場を訪れたこともあったジョン・ウィリアムズという27歳の船員が尋問を受けた。

ウィリアムズは事件を否認したが、服の血痕や泥だらけの靴下を洗っていたという証言などもあり、確証はないものの、ウィリアムズを拘置した。

そのわずか4日後の27日にウィリアムズは独房で首を吊って自殺した。

これを「罪を認めた」と解釈した。

31日に遺体は引き回されて、晒し者にして穴の中に放り込まれて、心臓に杭を打ちこまれて葬られた。

  • 冤罪?

この後、この様な事件は起きずに事件は収束したが、ウィリアムズが真犯人なのか、単独犯なのかは一切不明。(そもそも自殺なのかも)

この頃の警察事情は現代と比べると、「杜撰」の一言で、今回の処刑も「公開処刑」という一種の娯楽という意味合いも強かった。

この事件に関しては「外国人を疑う」差別の様な出来事もあった。

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真相は闇の中…

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