【書評】遠藤周作 沈黙【神はいるのだろうか】

遠藤周作著、「沈黙

信仰とは何か、“強さ”とは。

考えさせられる、名著です。

ネタバレ有り

弾圧と信仰

島原の乱が鎮圧された、江戸時代初期の時代。

イエズス会の若き司祭ロドリゴとガルペは日本へと赴く。

途中で立ち寄ったキチジローという青年を連れられて、隠れキリシタンの島に辿り着きます。

隠れキリシタンの日本人たちはロドリゴ達を歓迎します。

然し、幕府に見つかってしまい、逮捕されていくキリシタン達。

キリスト教を棄てるか、キリスト教の為に命を捧げるか____________

“誇り高く、強い者“は後者を選ぶのでした。

  • 弱者キチジロー

家族の中でただ一人棄教したキチジロー。

只々助かりたかったのである。

そしてロドリゴを裏切り、長崎奉行所に引き渡すのでした…。

強くはなれない。醜く、弱い自分に咽び泣くキチジロー。

“沈黙”を続ける神

  • 神はいるのか

キリスト教徒に対する凄惨な拷問。

ガルペや隠れキリシタン達は次々に死んでいく…。

神はなにも言わない。

神は何故は心の清い者を救ってはくれないのか。

神は何故“沈黙”を続けるのか。

強いものと弱いもの

決して強いものばかりではなかった。______________

殉教(キリストの為に命を捧げること)とは、なんと清く、美しく、強い殊なので有ろう。

然し、強いものしか神は救ってはくれないのか?

助かりたい。

自分の醜い心根に嫌悪を重ねるロドリゴ。

決して、人とは“強い”者だけではないのだ。

  • 生か、殉教か…

ロドリゴが出した決断とは…

最も聖らかと信じたもの、最も人間の理想と夢にみたされたものを踏む。この足の痛み。その時、踏むがいいと銅版のあの人は司祭にむかって言った。踏むがいい。お前の足の痛さをこの私が一番よく知っている。踏むがいい。私はお前たちに踏まれるため、この世に生れ、お前たちの痛さを分つため十字架を背負ったのだ。

自分が信じていた物を踏むのでした、その痛みは…

そして、ロドリゴが自ら見出した”答え”とは____________


神とは、信仰とは、日本の宗教観などを考えさせられる小説です。

貴方も一読を!

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